長生き

私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して 神様に
長生したいと祈りました

と詠ったのは中原中也であるけれど、しかし最近は、長生きをしすぎるとどんどん孤独になり、不幸になる世の中になってしまったなと感じる。それは僕ら若者が、自由に生きる権利を得たことの代償であるのだなと気づいた。

昔は、一つの家に3世代が住む大家族が多かった。そのころは、子供が
「東京に行ってデザイナーになりたい!」
とか訴えても、
「農家の子供は農家になるんだ!」
などと一喝され、夢を潰されて田舎に住み続けていたのだろうと想像する。それは不幸なことであるが、そのかわり、おじいさんとおばあさんは、娘や息子に面倒を見てもらえる。

最近はそういう家族の意識がすっかり薄れてしまった。若者は当然のように、自由に職業を選択して、どんどん都会に出て行く。核家族が増えて、老人は田舎で孤独。

こう考えると、「若者の自由」と「老人の幸福」はどうしても両立しないようだ。すると一方を選んで、他方を切り捨てなければならない。でもそういう切り捨てを政治的におこなうことは殆ど不可能だから、今の日本は、若者も老人も不幸であるという、なんだか最低である。