用心棒日月抄

夕刻、田んぼの中を走る半キロほどの砂利道を抜けて、自宅に帰る。東の低い空に、新しい10円玉みたいな色をした月があがっていて、田植えが終わったばかりの水面にもその月が映っている。一年か、天候によっては数年に一度しか見られない風景で、こういうときに俳句を作りたくなるのだな、と思った。良い案は浮かばなかった。写真に撮ってみたけれど、露光不足でうまく写らなかった。

ところで一般常識であるけれど、夕暮れ後すぐに東からあがってくる月は、満月かそれに近い形をしている。「菜の花や 月は東に 日は西に」という有名な句では、月はほぼ丸くて赤銅色を想像しなければならない。関係ないけど、与謝蕪村って外人みたいな名前だと、むかし友人がいっていた。エリック・ヨサブソンという名の外人がいても、おかしくない。

藤沢周平の「用心棒」シリーズの何作目かで、この月の位置を明らかに間違っている描写がある。詳しいことは忘れてしまったけど、物語のラストに、又八郎たちが満月のもと夜襲をかける場面。日暮れあとに夜襲をかけて無事に敵を成敗し、一段落したら月が西に沈みかけていたという描写がある。満月が西に沈むのは、東に太陽が昇る直前だ。夜襲が延々10時間以上もつづくわけがなく、明らかな間違いだと思う。夜襲の描写ではあちこちで月明かりが重要な役割を果たしているので、台無しだなあ読まなきゃ良かった、と残念に思った。