チクビの飛び出た男

学校はこの三日間、閉鎖されている。けれど忍び込んで、ちまちまと論文を書く。リッチな僕は、昼に学校を抜け出して、近くの食堂で780円の昼定食をたべる。さて、もうひとがんばりだと、店を出て駐輪場から自転車を引きずり出していると

「あんた、コウセンの学生?」

と呼びかけられた。みると、白いポロシャツに紺のスラックス姿の見知らぬ壮年の男性である。しかし次の瞬間、僕は驚愕した。"addidas”とワンポイントが刺繍された彼のポロシャツの胸元には、1円玉ほどの穴が空いていて、そこから左の大きなチクビが、「こんにちは」と飛び出しているのである。ちらっと見えているという程度ではなくて、あたかもそのチクビが、ポロシャツの生地を突き破ったごとく、飛び出しているのだ。彼が少々体を動かしても、チクビは生地に引っかかって、「窓」から離れないのである。なんという斬新な露出(!)

「いえ、僕は教員ですけど」
「ああそうなの。今の校長は、だれだっけ?」

聞くと、コウセンに10年前まで勤めてらした方らしい。その後、延々30分くらい拘束され、

「最近の学生は、レベルが下がった。」
「ワシがいた頃はもっと良くて、当時の文部大臣なんかも視察に来たくらいだ」
「校長がわるい。私のいた頃の校長は・・・」

という面白くない話を、延々と聞かされる。時おり「イシシシシシ」と、歯の間から空気を漏らすように笑う。僕は飛び出たチクビを見まいとしても、気になってしょうがない。

「でも、学生のレベルが高かろうと低かろうと、僕には興味がないですねえ」

というと、しばらくして解放してくれた。ああいう奇妙な人は、子供の頃近所に一人くらいはいた物だけれど、明日は我が身とならないようにしなければ。そもそも、僕がいい人そうに見えるので、気安く話しかけられるのだ。
はじめから、最近のレベルの下がったコウセンの学生のふりをして、

「なんだよ、そのチクビ。つーかおめー、マジキモイし*1

といって逃げてくれば良かったと思った。

*1:さすがにそんな学生はいないが。