ポアトル

ー3氏のノーベル賞受賞に興奮した翌朝、自分の研究に視線を落とす



 「ポアトル」とは、鼻づらの、皮膚の、毛穴にたまった角栓(ポア)をトルための薬である。この薬を鼻に塗りつけたあと、「毛穴すっきりパック」を使うと、よりゴッソリと角栓が取れて、「わおぅ」という気分になる。鼻がきれいになるとかならないとかは、どうでも良いのである。この「わおぅ」という快楽が大事なのだ。

 風呂上がり、ぼくはポアトルを自分の鼻面に塗りつけるために、人差し指のうえに絞り出す。粘性の強いポアトルは、鼻水のようにノズルから垂れてきて、指の上でトグロを巻く。このトグロは、現在の僕の研究テーマである。

 ポアトルを使い始めたのは2年ほど前で、トグロの研究を始めたのもその頃だった。一時期、研究が頓挫して、それまでの成果が雲散霧消しかけていた。そういう時期でもぼくは、風呂から上がったあと、定期的に鼻面の角栓をとるため、ポアトルを指の上に捻り出す。そのトグロを巻く様子を眺めるたびに、モデルの欠陥のことを思い出し、毎回、軽い吐き気のような焦りを感じていた。益川さんが「小林・益川理論」をひらめいたのは風呂上がりだったと聞いた。ぼくの場合、風呂上がりに数え切れないくらいポアトルを捻り出し、トグロの様子を眺めたが、何のインスピレーションも浮かばなかった。角栓だけが、たくさん取れた。

 けれどもやがて、僕のトグロの研究は、何とか形になり、論文もでた。ほぼ同時に、一本目のポアトルを使い切った。それで研究も一区切り、と言いたいところだけれど、もうすこし頑張らないといけないのが実情です。