シリーズ甘い物論考2:生クリームを泡立てること(最終回)

まずは冒頭で要点を述べてから、文章を始めていくのが欧米式の作法であるから、はじめに書いておくと、「生クリームを泡立てるときは、手動で行うべきであって、電動回転機能付きの泡立て器をつかってはならない」と僕は主張したい。

生クリームはコップ一杯くらいで350円以上する。高価な食材です。まれに、その半額ほどで売られている安いものを見かけるが、それは「ポイップ」と名付けられた偽物で、牛の乳が一切使われていません、しってました? まあ、それはどうでも良いのですが、僕のような中産階級の人間の場合、生クリームを泡立てるときは、350円という比較的高額な値に裏打ちされた、心的プレッシャーがどうしても伴うのです。いつも「失敗してはならない」と動揺しながら泡立てるのです。

よし、ボウルも生クリーム自体もよく冷やした。泡立て器を右手に持って、全力でかき混ぜます。30秒くらいで、早くも筋肉は疲労してくるけれど、液体はサラサラしたままである。
 「失敗するかもしれない!」
人間は、焦れば焦るほどに、筋肉の使い方が下手になる。攪拌せんとするエネルギーは、うまく液体に伝わらない。しかし手を休めれば、失敗は確実である。泡立て器を左手に持ち替え、また右手に戻したりしながら、全力でかき回すのです。・・・(中略)・・・。手応えがすこし重くなり、ようやく生クリームは固まり始めた。「ツノ」が立つまで、さらに強い力を加えて、ひたすら回転運動。手応えはさらに重くなり、だめ押しのように激しく体力は消耗し、腕には乳酸が溜まる。なんとも激しいスポーツである。

そのようにして、泡立て作業完了。額の汗をぬぐう。ホイップされた生クリームを見下ろし、ハアハアハアハアと息を荒げつつ、僕らは大きな達成感に満たされ、安堵の笑みを浮かべるのである。何とも楽しい作業ですね。

それが、電動回転機能付きの泡立て器をつかうと、どうでしょうか?
「カチッ。ブイーーーーン。ブイーーーーン。ブユンブユンブユンブユン。ブユブユブユブユブユ、カチッ」(終わり)。
何にもおもしろくありません。

以上のような理由で、生クリームを泡立てるときは、手動で行うべきであって、電動回転機能付きの泡立て器をつかうよりも日常が楽しくなると思うのです。

(付記)文明の利器を使うなと言いたいのではなく、また味噌汁を作るときにホンダシを使うなとか、コンソメスープの元を使うなとかいうような「美味しんぼ」的な世界の話をしているのではありません。ただ生クリームの値段とその泡立てのプロセスが特殊な状況を作り出した結果「電動回転装置を使わない方が、ひいては人生をより深く楽しめるのじゃないかな」と思っているのです。